福岡地方裁判所小倉支部 昭和53年(ワ)761号 判決
原告 金栄一
原告 金孝一
右両名訴訟代理人弁護士 井上勝
被告 高橋得洙
右訴訟代理人弁護士 古城戸健
被告 同和火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役 細井倞
右訴訟代理人弁護士 永松達男
主文
被告らは各自、原告らに対し、各金二七〇万円及び内各金二五〇万円に対する昭和五三年九月二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求は棄却する。
訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告らの負担とし、その七を被告らの負担とする
この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
(一) 被告らは各自原告らに対し、各四三〇万円及び内四〇〇万円に対する昭和五三年九月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(三) 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
(一) 原告らの請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
(一) 原告らの身分関係
原告らは訴外亡金万鐘(以下万鐘という)の子である。
(二) 事故の発生
訴外亡万鐘は昭和五三年五月一三日午前一一時五〇分頃北九州市小倉北区三萩野二丁目三番小倉競輪場正門前道路において、貨物自動車(北九州一一さ六六九六、以下本件自動車という)の荷台から転落し、後頭部打撲、頭蓋骨々折、脳挫創の傷害を受け、同月一九日右傷害のため死亡した。
(三) 責任原因
1 被告高橋は本件自動車を自己のために運行の用に供していた者であり、かつ、本件事故は訴外亡万鐘が右自動車の荷台で土砂を下ろす作業をしていた際、運転者訴外金守業が右自動車を発進させたため、身体の平衡を決って転落したものであって、右自動車の運行によって惹起されたものである(自賠法三条の責任)。
2 被告同和火災海上株式会社(以下被告会社という)は被告高橋との間に本件自動車につき自動車損害賠償責任保険契約を締結しており、本件事故はその保険期間中に発生したものである(自賠法一六条一項の責任)。
(四) 損害
本件事故による原告らの損害は次のとおりである。
1 慰藉料 各四〇〇万円
2 弁護士費用 各 三〇万円
(五) 結論
よって、原告らは被告ら各自に対し、各四三〇万円及び内弁護士費用を除く各四〇〇万円に対する本訴状送達の翌日以後である昭和五三年九月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
(一) 被告高橋
請求原因(一)の事実は否認する。同(二)の事実のうち、訴外亡万鐘が原告主張の日時、場所において本件自動車の荷台から転落したことは認めるが、その余は否認する。同(三)の1の事実のうち、被告高橋が本件自動車を自己のために運行の用に供していたことは認めるが、その余は否認する。同(四)の事実は否認する。
(二) 被告会社
請求原因(一)、(二)、(三)の1、(四)の各事実はいずれも不知。同(三)の2の事実のうち、被告会社が被告高橋との間で本件自動車につき自動車損害賠償責任保険契約を締結したことは認めるが、その余は不知。
三 被告らの抗弁
(一) 訴外亡万鐘は何らかの発作か自ら足をすべらせたか等により転落したもので、右転落と本件自動車の運行との間には相当因果関係がなく、本件事故は不可抗力によるものである。
仮に右相当因果関係がないとはいえないにしても、訴外亡万鐘は身体の安定を保つことが容易であったにも拘らず、足をすべらせたか、その他何かの理由で転落したものであるから、本件事故は同訴外人の過失によって発生したものであって、被告高橋及び運転車訴外金守業に過失はなく、本件自動車に構造上の欠陥も機能の障害もなかった。
(二) 仮に、右主張が採用されないとしても、訴外亡万鐘にも右の過失があるから過失相殺がなされるべきである。
四 抗弁に対する認否
争う。
第三証拠《省略》
理由
一、原因らの身分関係
《証拠省略》によれば、原告らは訴外亡万鐘の子であるものと認められる。
二、事故の発生
訴外亡万鐘が原告ら主張の日時、場所において本件自動車の荷台から転落したことは原告らと被告高橋との間では争いがなく、原告らと被告会社との間では《証拠省略》により認められ、更に右転落により同訴外人が原告ら主張の如き傷害を受けて死亡したことは、《証拠省略》によりこれを認めることができる。
三 被告高橋の責任原因
(一) 被告高橋が本件自動車を自己のために運行の用に供していたことは、原告らと同被告との間では争いがなく、原告らと被告会社との間では《証拠省略》により認められる。
(二) そこで、本件事故が本件自動車の運行によって生じたものであるか否かについて判断する。
およそ、自賠法三条所定の「運行」とは必ずしも自動車の走行そのものに限定するのではなく、その走行自体の他これに密接してなされた駐停車中等をも含むものと解すべきである。これを本件についてみるに、《証拠省略》によれば、訴外亡万鐘は本件事故現場付近の街路樹の花壇へ土を入れるため、土を積載した本件自動車の荷台に乗り、スコップを用いてその土を花壇に落し入れる作業に従事していたこと、右の花壇は約五ないし七メートルの四角形のもので、道路に沿って約五メートルの間隔で約八〇〇メートルにわたって設けられていたこと、そのため、右自動車の運転者である訴外金守業がこれを運転して花壇の前で一時停車させ、その花壇への土入れ作業が終了したとみるや、同車を次の花壇の前へと順次走行し移動させていたこと、訴外亡万鐘は右土入れ作業に従事中、本件事故現場の花壇付近で右自動車の荷台から同車後部付近の路上に転落したものであるところ、右転落の時には少くとも同車のエンジンは作動していたことが認められる。しかして更に、訴外亡万鐘が転落した時に同車が発進、走行していたか、或いは停止していたかについては本件証拠上必ずしも明らかではないが(この点については後記三の(三)で判断する。)右認定の事実を総合すれば、同事故は同車を比較的近距離内の花壇から花壇へと順次停車と走行を繰り返し移動させながらしていた一連の作業中に生じたものであるから、同事故発生時における同車の状態はその走行中かこれに密接してなされた停止中であったというべきであり、いずれにしても前記「運行」に該当するものと認められる。
ところで、前記のとおり、本件においては訴外亡万鐘が本件自動車の荷台から転落した当時、同車が発進走行していたか、或いは停止していたかが明らかではなく、従って又、同車の運行と右転落との間の相当因果関係の有無に疑問があるので、更に本件事故は同車の運行によって生じたものといいうるかの問題が残る。
これについて、自賠法三条にいう「運行によって」とは、「運行に因って」の意義、即ち運行と被害との間に相当因果関係のあることを要するとの見解がある。しかしながら、同法が被害者保護の精神に基づいて制定され、同法三条も被害者に対し自動車保有者についての責任発生要件を軽減させている等の趣旨からすれば、右の「運行によって」とは「運行に依って」、換言すると「運行に際して」と同意義に解し、自動車運行の際に生じた事故は被害との間に相当因果関係が明らかでない場合にも一応同法三条本文の対象になるものとし、右相当因果関係のない場合をいわゆる不可抗力によるものとして免責事由とするのが相当である。
しかして、前記認定の事実によれば、訴外亡万鐘の右転落は同車の運行の際に惹起されたことが明らかであるので、本件事故は自賠法三条所定の自動車の運行によって生じたものと解される。
(三) そこで更に、被告らの免責の主張について判断する。
訴外亡万鐘が本件自動車の荷台から転落した時、同車が発進或いは走行していたものと認定し得る証拠はなく、かえって同車を運転していた訴外金守業は右の時には同車は停止中であった旨証言している。
しかしながら、《証拠省略》によれば、訴外亡万鐘は本件自動車の荷台から後向きにいきなり転落したものと推認され、同訴外人に対し何か不意の衝撃が加えられたのではないかと考えられる余地があるばかりか、《証拠省略》によれば、本件事故当時に訴外亡万鐘が従事していた土入れ作業においては、花壇から花壇へ順次自動車を移動させるについて、作業従事者の安全を確認したうえ同車の発進を合図する役割を命ぜられていたものはなく、同車の運転者である訴外金守業が自己の判断で発進させる場合のあったことが認められ、同車の発進の際に作業従事者に危険の生ずるおそれがなかったとはいえない状況にあったものと窺える。
しかして、右の諸点を考慮に入れると、本件事故発生当時本件自動車は停止していた旨の前記金守業の証言を直ちに採用することは困難であって、右停止の事実を認定することもできず、結局同事故が同車の運行と関連のない不可抗力によって生じたものとも、又同車の運転者に過失がなかったとも認めることはできない。
従って、被告らの免責の抗弁は理由がない。
(四) そうすると被告高橋は自賠法三条により、本件事故による損害を賠償すべき義務がある。
(五) なお、訴外亡万鐘につき、被告ら主張のような過失を認めるに足りる証拠はないので、過失相殺を認めることはできない。
四 被告会社の責任原因
被告会社が被告高橋との間で本件自動車につき自動車損害賠償責任保険契約を締結したことは原告らと被告会社との間で争いがなく、本件事故がその保険期間中に発生したことは《証拠省略》により認められる。
ところで、本件事故に関し、本件自動車の保有者である被告高橋に自賠法三条による損害賠償の責任が発生したことは前記三で判断したとおりである。
従って、被告会社は、自賠法一六条により、保険金額の限度で本件事故による損害賠償額を支払うべき義務がある。
五 損害
《証拠省略》によれば、訴外亡万鐘は人夫とて稼働していたもので、本件事故による死亡当時六一才であったこと、当時同訴外人には妻はいなかったこと、同訴外人の長男である原告金栄一は身体障害者で同訴外人に扶養されていたこと、なお、同原告には同訴外人の死亡により労働者災害補償保険金として二四〇万円が支払われた他、年額一六〇万円の年金が支払われていること、原告金孝一は右事故当時既に独立の生計を営んでいたことが認められる。
以上の事実に加え、前記認定の本件事故の態様等諸般の事情を考慮すると、訴外亡万鐘の死亡による原告らの慰藉料は各二五〇万円とするのが相当である。
更に、本件事案の内容、審理経過、認容額等を考慮すると、弁護士費用としては原告らにつき各二〇万円をもって相当と認められる。
六 結論
よって、被告らは各自原告らに対し、各二七〇万円及び内弁護士費用を除く各二五〇万円に対する本訴状送達の翌日以後である昭和五三年九月二日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告らの本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 熊田士朗)